第1章:旅の始まりと出会い
第4話「初めての街」
森の静寂を切り裂くように、男たちの低い声が響いた。
武器を構えた彼らに囲まれたナナンは、咄嗟にリュックサックを抱え、後ずさりした。
心臓が早鐘のように打ち、冷や汗が背中を伝う。
しかし、幸いなことに、相手は野盗の類いのようだ。
今にも斬りかかってくるような殺気は感じられない。
彼らの目的は金品であり、無益な殺しは避けたいのだろう。
ナナンは冷静を装い、震える声を抑えながらゆっくりと口を開いた。
「誤解です! 私はただの旅人で、この馬車には何も触れていません! 通りかかっただけなんです!」
男たちは疑わしそうな目を向けてきた。
ナナンの服装は質素で、武器らしきものは何も持っていない。
それを見て、少し警戒を緩めたようだ。
革鎧を身につけた、リーダー格の男が、ナナンに近づいてきた。
顔には幾つかの傷跡があり、隻眼から放たれる眼光は鋭い。

「本当に何も知らんのか? この馬車には、高価な荷物が積まれていた。 お前、まさかそれを盗もうってんじゃねえだろうな?」
男の言葉には、明確な威圧感が込められていた。
ナナンは慌てて首を横に振る。
「誓って違います! 本当に、たまたま通りかかっただけです! 信じてください!」
ナナンは、森の中で馬車を見つけた経緯を、出来る限り落ち着いて説明した。
壊れた馬車の様子、散乱した荷物、そして争ったような跡。
全てを正直に話した。
男たちは顔を見合わせ、低い声で何かを話し合っている。
その間も、ナナンは男たちから目を離さずにいた。
緊張で喉が渇き、唾を飲み込む音さえ大きく聞こえる。
しばらくの沈黙の後、リーダー格の男が再び口を開いた。
「お前は運がいい。 今回は見逃してやる。 だが、二度目は無いぞ! もし次に見かけたら、分かるよな?」
男たちはそう言い残し、散乱した荷物を適当にまとめ始めると、森の奥へと消えていった。
彼らの姿が見えなくなると、ナナンは安堵のため息をついた。
全身から力が抜け、足が少し震えている。
改めて、一人旅の厳しさを実感した。
故郷を出る前、母に「冒険は命がけなのよ」と言われた言葉が、重く心に響く。
◇ ◇ ◇
日が傾き始め、森の中は薄暗くなってきた。
ナナンは再び歩き始めた。
先程の出来事で少し警戒心が強くなっていたが、それでも足取りは軽い。
無事に切り抜けられた安堵と、これから始まる旅への期待が、彼の心を支えていた。
森を抜けたナナンは、夕暮れ時に小さな街にたどり着いた。
夕焼けに染まる空の下、木造の家々が立ち並ぶ街並みが見えてきた。
街の入り口には、古びた木製の看板が立っている。
そこには、かすれた文字で「リーフ」と書かれていた。
城壁はなく、木造の家々が並ぶ、のどかな雰囲気の街だ。
街道沿いには、麦畑が広がり、夕日に照らされて黄金色に輝いている。
ナナンは、街の中心にある宿屋を目指した。
街道を進んでいくと、やがて木製の看板を掲げた宿屋が見えてきた。
「緑の葉亭」と書かれた看板は、風雨に晒されて少し色褪せているが、温かみのある字体で書かれている。
外壁には蔦が絡まり、入口の脇には植木鉢に花が植えられている。
こぢんまりとした、落ち着いた雰囲気の宿屋だ。
ナナンは宿屋の扉を開けた。
中に入ると、暖炉の火がパチパチと燃え、温かい空気がナナンを包み込んだ。
木の香りと、料理の香ばしい匂いが食欲をそそる。
カウンターには、優しそうな老夫婦が立っていた。
主人の老人は、にこやかな笑顔でナナンを迎えた。
「いらっしゃいませ。 旅の方ですかな? ゆっくり休んでいってくだされ。」
ナナンは自己紹介をし、一泊したい旨を伝えた。
主人は快く承諾し、部屋を用意してくれた。
部屋に荷物を置くと、ナナンは夕食をとるために食堂へ向かった。
食堂は賑わっており、様々な人々が食事をしていた。
商人、職人、そして他の人たち。
テーブルを囲んで談笑する人々、一人静かに食事をする人々、その光景は活気に満ちている。
ナナンは空いている席に座り、壁に掛けられた黒板のメニューを見て、ラザニアを注文した。
すると、隣の席に座っていた若い女性が、ナナンに話しかけてきた。
亜麻色の髪を肩まで伸ばし、明るく、人懐っこい笑顔を浮かべている。

「あなたは旅の方ですか? この街には珍しいですね。」
ナナンは少し驚きながらも、自己紹介をし、旅の目的を話した。
絵を描きながら各地を旅していること、そしてこの街に立ち寄った理由を簡単に説明した。
女性は興味深そうに話を聞き、自分の名前はエリンだと名乗った。
彼女はこの街で薬屋を営んでいるらしい。
その言葉に、ナナンは少し親近感を覚えた。
自分も父から薬草について教わってきたからだ。
エリンとの会話を通して、ナナンはこの街のことを少しずつ知っていった。
リーフは農業が盛んな街で、周辺の村々へ食料を供給しているらしい。
人々は穏やかで親切で、ナナンはすぐにこの街が好きになった。
夕食後も、エリンと話をしているうちに時間が過ぎるのを忘れてしまうほどだった。
エリンは薬草の知識も豊富で、ナナンは父から教わった知識を披露したり、逆にエリンから新しいことを教わったりと、有意義な時間を過ごした。
◇ ◇ ◇
翌朝、ナナンは宿屋の朝食を済ませ、リーフの街を散策することにした。
朝日に照らされた街並みは、昨日夕暮れ時に見た景色とはまた違った表情を見せている。
木造の家々は、それぞれに個性的な装飾が施され、窓辺には色とりどりの花が飾られている。
石畳の道は綺麗に掃き清められ、朝の清々しい空気が漂っている。
街の中心にある市場へ向かうと、そこはすでに活気に満ち溢れていた。
新鮮な野菜や果物を並べた露店、焼き立てのパンの香りを漂わせる店、鍛冶屋の槌の音、子供たちの賑やかな声。
様々な音が混ざり合い、市場全体が活気に満ちている。
色鮮やかな野菜や果物、珍しい香辛料などが所狭しと並べられ、見ているだけでも楽しい。
ナナンは、その活気に自然と心が躍った。
ナナンは市場の一角に場所を借り、持ってきたスケッチブックと絵具を広げた。

市場で知り合った職人の男性に、ナナンは街の歴史について教えてもらった。
屈強な体格で、顔には煤が付いているその男性は、鍛冶屋を営んでいるらしい。
槌を振るう合間に、ナナンに優しく語ってくれた。
リーフは古くから農業で栄えてきた街で、肥沃な土地と豊富な水に恵まれ、周辺の村々へ食料を供給しているらしい。
近年は、周辺の森で採れる薬草を使った薬の生産も盛んになっているという。
森の恵みと、人々の勤勉さが、この街の繁栄を支えているのだ。
夕方になり、ナナンは宿屋に戻った。
食堂では、今日も多くの人々が食事をしていた。
ナナンはエリンの姿を見つけ、声をかけた。
エリンはにこやかに微笑み、ナナンを自分の席に招いた。
夕食を共にしながら、ナナンはエリンに薬草について色々と教えてもらった。
エリンは薬草に関する知識が豊富で、ナナンが父から教わった知識と照らし合わせながら話をするのは、とても有意義な時間だった。
自分の薬学知識が、この世界でも役に立つかもしれない、とナナンは感じた。
◇ ◇ ◇
数日が過ぎ、ナナンはリーフでの生活にすっかり慣れてきた。
朝は市場で絵を描き、昼は街を散策し、夜は宿屋で人々との交流を楽しむ。
穏やかで充実した日々だった。
この街の人々は皆親切で、ナナンはすぐに彼らと打ち解けた。
絵を買ってくれたお礼に食事をご馳走してくれる人、街の観光名所を案内してくれる人、そして薬草について熱心に語り合えるエリン。
初めての一人旅で不安もあったナナンだが、この街での出会いは、彼の心を温かく満たしてくれた。
ある日の夜、ナナンはいつものように宿屋の食堂で食事をしていた。
暖炉の火がパチパチと燃え、穏やかな時間が流れている。
他の客たちも、それぞれの会話を楽しんでいた。
その時、入り口が騒がしくなり、数人の男たちが駆け込んできた。
彼らは息を切らし、服は泥だらけだ。
明らかにただ事ではない様子だった。
男たちは慌てた様子で、宿屋の主人に何かを伝えている。
主人の顔色もみるみる青ざめていく。

何事かとナナンが耳を澄ませていると、男たちの話が聞こえてきた。
「大変だ! 森で魔物が出たらしい! 村人が襲われたんだ!」
その言葉を聞いた瞬間、食堂にいた人々の顔色が変わった。
それまで賑やかだった食堂は、水を打ったように静まり返った。
食器の音さえ聞こえない。
重苦しい空気が流れ、人々の間に緊張が走る。
エリンも顔色を変え、心配そうにナナンを見た。
ナナンは、この街で初めての事件に巻き込まれる予感を感じた。
穏やかだったリーフの日常は、この一言で一変した。
森の奥深くで何が起こっているのか、そしてこの街にどのような影響を及ぼすのか。
不安と緊張に、ナナンの胸の鼓動が速まる。
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